見出し 現在地→ 参集殿  作:琳火

 

+■ 「陽光_ソラ」

 

心に、定まった形なんてない。
だから、いろんな形に変化する。
いろんな形の入れ物に入っては、また、次の入れ物に移ってしまう。
丸に入っても、心が四角くなるとまた、別の入れ物に移ってしまう。

 

いつか、俺なんかの命を本気で捧げたい人が現れるだろうか。
いつか、俺なんかの為に本気で命を捧げてくれる人が現れるだろうか。

 

心は、不安定だからね。
俺が丸くなっても四角くなっても三角になっても星になってもハートになってもとげとげになっても小さくなっても破裂しそうになっても紅くなっても黒くなっても穏やかになってもぐちゃぐちゃになっても、
それでも、俺を受け止めてくれるような入れ物を持った人が現れるだろうか。
現れたとして、逆に俺は、その人のかたちになってあげられるだろうか。

 

現実的じゃないかな。でもね、それが夢なんだ。

 

 

 

 

 

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+■ 「蒼空_ソラ」

 

誰よりも、何よりも不幸な終わり。
それは当人同士。

 

主観と客観。

 

隣のベッドの人にはもう、てんで関係のないコト。
それでも、彼女の眠っているベッドとその横で座る俺には、それは主観。だから不幸。

 

笑って達観して死んでいけるほど、年を重ねたわけではなく。
あがいて何かをやりきれるほど、彼女は動けはしない。

 

苦しいはずなのに笑ってたね。我慢しなくていいのに。
嘘の笑顔なんていらないのに。

 

でも、その笑顔がえぐられるほど痛いから、泣いて泣いて、僕も笑った。

 

…ほんとに不幸だった?

 

そんなこと考えてる暇すらなかったかもしれない。
情けなく神様に祈ったりしてみたりもした。

 

神様は平等で公平だ。
世の中のどんな金持ちにも、泣いている子供にも、
呆れるくらい平等で、完璧なまでに公平だから、
誰のこともどんな奴のコトもただ見守るだけで、絶対に助けてなんかくれないんだ。

 

全くご立派だよ。ありがたくて涙が出る。
死ね。

 

 

この世界の終わりへ連れて行けたらどんなによかっただろう。
偶然を必然に出来たら、どれだけよかっただろう。
でも、
出会えなかったら、やっぱり悲しかったと思うんだ。

 

涙の数なんかで人は強くなんかならない。
強くなるのは、こぼれた涙の重みを知った時で、知らない人が死んだって、心は泣かない。
わかるかな。

 

こんなに泣きたいのは君との想い出があるからなんだよ?
君と繋いだ、命の記憶があるから。
でも、
重くって重くって、どんどん落ちていくんだ。

 

失くしたくない。
楽しかったことも、嬉しかったことも、
悲しかったことも、痛かったことも、
全部想い出だから、色あせてゆくのが怖い。

 

未練も込めて、安らぎも込めて、
約束を込めて、心を込めて、
俺たちは、さよならを互いに祈る。

 

さよならは、永遠の別れなんかじゃない。

 

そうだろ。

 

そう、誓ったんだから。

 

だから、笑顔でお別れしようよ。

 

逝ってしまうのは君なのに、それなのに、元気でと囁く君が、
最後まで僕を見てくれている君が、かきむしるほどいとおしい。

 

 

 

―どうか忘れないで

 

 

 

―忘れないよ   約束だ

 

 

 

―××××  ×××××       ××××

 

 

 

―うん

 

 

 

                                ―さよなら

 

 

 

 

 

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「あたしはただ、家族を守りたいだけだ」

 

その言葉にどれだけ絆というものが大切なのか、思い知らされていたよ。
たかが19のガキが一人で生きていくなんて、
甘いもんじゃなかったなぁと、家を出てから思ったもんさ。。

 

+■「飛行船の在る空_#2」

 

彼女には、妹がいた。
そして、その妹さんは、俺を嫌ってる。
その子にとっての姉、つまり彼女が、最後の最後、今際の際に、俺といる事を望んで逝った事、
それ以前に、俺が、彼女を連れ廻した事を憎んでいた。
俺は、彼女の病気を知らなかった。けれど、それで免罪符になるなんて思っていない。

 

 

 

彼女が死んでから、俺は家を出た。
そもそも、どこにいても俺は一人だったし、家にいても、無責任に長男だからしっかりしろと言われるだけで、
両親は何も示してはくれなかった。
成功しても何もなく、ただ失敗すれば、期待はずれだと目で言われ、やさぐれれば、
そんな事じゃ下に示しがつかないでしょと怒られた。
妹や弟は俺の姿をみて、失敗せずにやっていく。
期待もされず、尊敬もされず、結果を出しても運が良かったと言われる。
俺の頑張りはただのバクチの結果で、たまたま運が良かっただけだだって?

 

そんな家に何の未練もなかった。

 

―なかったのに、それでも俺は家を出て、初めて家族が大切だったんだと思った。
俺が本当に欲しかったのは、愛情で、ただ、俺っていう存在を認めて欲しかっただけだった。
家族ってのは、生まれた時から、自分の存在がそこに在ってもいいって認めてくれる場所だったはずだったんだ。

 

それに気づいて、俺は、誰かに大事にされたいって願うようになった。
また、誰かを大事にしたいって思った。
けれど、初めてそうしたいって想った人は、もう死んでしまった。

 

俺には、誰もいないんだって思った。
褒められることなんて全くなく、誰かに迷惑をかける事ばかりだった。

 

妹さんに、あんたが姉を殺したんだって言われて、自分で実感した家族の大事さを思ったら、
何も返せなかった。

 

俺が生きてる意味なんてあったのかな、苦しく生きてるのに、誰にも見て貰えないのに。
幸せになったらいけなかったのかな。夢みたらいけなかったのかな。
じゃあ死にたい?

 

―情けない事に死ぬのも怖かった。
毎日頑張らないとすぐ死ぬ状況ではあったけど、やっぱり、それは怖かった。
だから、俺は誰かに認めて貰えるように、夢を頑張ることにした。

 

向いているとか、その道が険しいとか、そんな事は関係なかった。
それしかなかったんだ。
後ろを向く暇なんかなかった。
いつ死ぬかも判らないんだから、一歩でも前に進みたかった。
生き急いでるねって言われたって、だからそれがどうしたのさ。
それしかやり方を知らないんだよ!

 

ただ、愛して欲しかったんだ!

 

 

 

 

 

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+■「月光_ソラ」

 

せめて、
生きて行く理由を貴女にしてもらえたなら
俺は、どれだけ変われていただろう。。

 

毎日ただ生を続けるために働く、それも命を削りながら。
こんな俺の命を照らしてくれていた貴女はもういない。
知ってるかな、、俺は今年成人だよ。。

 

大人になっちまうんだ。
いつまでももがいてるみっともないガキなのに。

 

何も無い、ただの歯車になって、俺は廻ってる。
本当に小さな部品だから、
欠けても誰も見向きはしないだろう。
いつか必死に祈ってた神様は、今度も、
油すら差してくれないみたいだ。

 

聞いてくれ。

 

また桜が咲いたよ。
ちゃんと京都にも行ったんだ。

 

情けない奴だからさ。
やっぱり忘れられないんだ。

 

もう一度、
あの陽だまりの道を歩こうよ。
あの時の空を、俺はまだ憶えてるんだ。
恥ずかしいけど、手なんか繋いでさ、
転ぶと三年しか生きられないって坂なのに、わざわざ駆け上がってさ。
体力無いくせに。

 

全部憶えてる。
もう想い出しか、俺には残って無いから。

 

でもね、
消えて行くんだ。
だんだんと。
忘れたくないのに。

 

わかるかな、、
必死に憶えているけど、本当はこんなものいらないってことが。

 

本当に欲しいのは、想い出なんかじゃないし、
本当にいて欲しいのは、心の中なんかじゃない。

 

いま、隣にいて欲しかったんだよ。
それでも、俺は記憶なんかにすがるしか無いんだ。

 

俺が見えるかい?
君の場所から。

 

うん、毎日、ずたずたの心を引きずって、繕って格好つけて、無理やり生きているよ。
まだ、やさしさを失わないように。

 

いつか疲れたら、そっちに行くから、今は、見ていてくれ。
俺の目は、錆びちまったけど、とりあえず、命分くらいは叫んでみるから。
俺の場所はここしかなくて、
でも、
今はここにいるからさ。

 

「さよならは、永遠の別れじゃない」

 

そうだね、
俺と君は、この空の下で繋がってる。
違うのは、廻ってるのが月か太陽かって、
多分そのくらいの差さ。

 

またいつか、
手を繋ごう。

 

この、空のかなたで。

 

 

 

 

 

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+■「天空_ソラ」

 

たまにはずっと、見上げてるのもいいじゃない?
いつのまにか、私ももう大人の仲間入り。

 

大切なものほど、変わっていくみたい。
それがいいことなのか、悪いことなのか。

 

あなたが笑ってる一枚の記憶は、
私の中で、ころころと表情を変えて怒ったりからかったりあきれたり、
でも、最後に笑ってくれるところが、どうにも卑怯だよね。

 

どんなに足掻いても動悸は止まらない。
体調はわるくないつもりだけど、どうだったかな。

 

私の足跡は小さいから、どのみちすぐに埋もれてしまうだろうね。
でも
刻んでいけば、いつかは君に追いつけるんじゃないかな。
どうかな。

 

空は遠くて、その遠さが、私がここにいるってことを教えてくれる。

 

強くなんかないし、本当は弱虫だから、泣きじゃくるのが子供の特権なら、
大人なんかになりたくなかったよ。

 

君はずっと、あの頃のままで、私の時は進んでしまう。
未来で君は待っているの?
私の今は、君に繋がってる?

 

何回泣いても、何回くじけても、
今のうちに泣いておけば、逢える前には涙も枯れてくれるかな。

 

再会はだって、笑顔がいいよね。

 

さよならをしてから、どこか達観を気取ってここまできたけど、
私はやっぱり、いつまでたっても子供のまま。
割り切るのが大人の定義なら、感情なんていらなかったよ。

 

私が生きて、生きてる意味を満たしたら、
それがきっと、私と君の意味になるんじゃないかと願ってる。
盲目に身を任せて、それがたとえ愚かでも。

 

君を失って、君に出逢う、そのときまでの、私の道しるべ。

 

君の分まで生きて生きて、世の中の幸せをたくさん自慢してあげる。
ひとしきり話したら、ね、また現世に生きよう?

 

そうして、
いつか、また君と笑いあえる日を焦がれながら、私は今日も歩きます。

 

きっと私たちの距離なんてあってないようなもの。
違いなんて、月と太陽の廻りくらいなんでしょう?

 

たまには見上げるのもいいじゃない?
上を向いて耐えるものなんてさ、だって君の為に流れるものだけなんだもん。

 

 

 

 

 

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大切だから、ずっともっているもの。
大切なのに、いつの間にかこぼれていく。
気づかないの?
大切なものほど、変わっていくんだよ。

 

+■「飛行船の在る空_#3」

 

価値観は違ったし、考え方も違った。
それでも、いつの間にか染まって混ざって、
いつの間にか違う人になって、
いつの間にか同じ人になった。

 

いつもゆったり笑いながら空を見ていた。 体が弱くて、それゆえに深く付き合う人もいない。

 

他人を怖がって邪険にして逃げてた俺と君が同じだったのは、一人で泣くところだけ。
君はいつもゆったり笑ってたけど、時々、それが泣いてるように見えた

 

一人になってしまう君と、一人に逃げている俺。
独りを怖がってた君と、独りが嫌いだった俺。

 

同じだったのは?違ったのは?

 

君はもう、俺の一部だ。
幸せになるには、全部を気に入ってくれる人じゃなければだめなんだ。

 

誰だっていいところはある。いいところは好きになれる。
だからね、
それぞれの人がもっている、ただずっと隠れている疵を見た時、
それでも好きになれるかどうか、
それが、一緒にいられるかどうかなんだよ。

 

一緒に居るだけで幸せ?
冗談じゃない。
その場を共有しているから、幸せなんだ。
一緒にいたって、その人の目が違うところを見ているのなら、
それは、同じ世界にいないのと同じだ。

 

そんなのは 幸せじゃないよな。

 

ただいま。

 

たった四文字。
もう言われる機会も無い。

 

おかえり。

 

たった四文字。
言う機会も無い。

 

左手の傷が増える中、少し、死に時を考えた。
一人で場繋ぎの様に生きてるから、長くは生きられないのは、よく分かってる。

 

俺はきっと一人で死ぬんだろう。―まるで呪いだ。

 

誰にも看取られないのなら、墓なんていらない。

 

 そんなものいらない、憶えていてくれればいい。  土地に縛られてしまったら、どこにもいけないよ?

 

君は確かに、そう言った。
それでも俺はこうして、毎年、君の墓標の前で泣く。
まいるよな、見越してたのかな。ほんとさ。

 

でもね、やっと決心がついたよ。

 

もういいんだ。
こんな俺でも、どこにでもいけるんだ。
足があるからね。立ってる事にやっと気づけたんだ。
先を見るコトの無い目が、それでも前を見ようとしてる。
どこにでもいける。だから、錆びた目だけど、それでも前を見るよ。

 

君が俺の一部になるまで随分かかったけど、俺の全部は、おかげで随分君の色だ。
死んだ人は強いね。

 

俺は弱いから、帰ってくる場所ってのに、そこに意味なんてないって言われたのに、
やっぱり救われていたんだよ。

 

そろそろ季節が変わる。
さよならってのは、永遠の別れってわけじゃない。
約束したのは、命の極みでの再会。
それでもそれは、一応のけじめの言葉。

 

 

いつか、いつか、

 

誰かを幸せに出来たら、俺も幸せになれるのだろうか。
幸せになれたら、君も幸せなんだろうか。

 

解らないけど、君の分まで幸せになるって、それだけは守ろうと思う。
君の代わりじゃない、本当に、大事にしたいって女性が現れたら、
その女性の為に、そして俺の為に、そうすることで、君の為に、
幸せになろうって思うよ。

 

 

昏闇の中で、昏い昏い泥闇の中で、俺がやっと乗り越えられたんだ。
これが俺の軸だから、頑張って、護っていくよ。

 

ただ、これだけ、これだけを願う。

 

俺に繋がる全ての人よ。

 

どうか、もう俺より先に死なないで下さい。お願いします。
お願いします。お願いします。お願いします。

 

 

 

無償で笑ってくれる人。
そう、在った君を想いながら、誓った事があるんだよ。

 

こんなに辛い想いはもう沢山。自分にも、誰かのも。だから、
誰かが欲しいって泣いてるだけなのはもうやめるよ。
今度は、俺が誰かの為に、強く在るんだ!

 

 

 

 

 

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いくら姉妹とはいえ、似ていない部分は似ていない。
でも似ている部分は似ているから、思い出してしまう。
将来、幸せになって欲しいって願っているよ。
毎年、お墓参りに行くと必ず叱咤され、罵倒され、軽蔑されてきた。
それでも、さ、だって君も僕と同じ枷を持っていたから、
だから、幸せになって欲しいって思ったんだ。

 

「飛行船の在る空_#4」

 

あの人より少しきつい笑顔。
でも俺に向けられるコトは無い。
この子は違うから。
この子は俺を嫌いだから。
俺はそれを欲しいとは思っていないのに、それでも、重なることにいらいらする。

 

あの人が逝ってから、5年が経って、5度目の夏のこと―

 

 

 

「あんたのさ、そういう自分のせいでみたいなの、嫌いだよ。」
「…そう。」
「でもね、許したくないっても思ってるの。」
「…そう。」
「あんたに怒ってるのがばかばかしくもなるんだけどさ、でも、私はやっぱりあんたなんか嫌いだ。」
「うん。」
「お姉ちゃんのこと好き?」
「うん。」
「じゃぁあたしと重ねんのやめてよ、迷惑なんだけど。」
「わざとじゃないよ。似てるから、…ごめん、思い出してしまうだけなんだ。」
「言い訳? 私は私、お姉ちゃんに失礼とか思わないわけ?って言うかそれって私も見てないってことだよ?」
「…ごめん。」
「ごめんごめんごめん!そればっか!ほかに何か言えないの?あぁもう!なんでお姉ちゃんはこんな奴選んだのよ。」

 

…もう毎度恒例とはいえ、、、俺、この子には一生頭上がらない気がする。
で、何故かいつも通りに怒られて、いつもと違って愚痴られた。
何でだろう。

 

「私ね、彼氏できたことあるんだ。」
「…?」
「でもね、すぐ別れちゃった。」
「そう。」
「なんかさ、理想とか高いと思うんだ私。」
「うん。」
「ほんとにこの人がとかって感じ、分かんなかった。醒めてんのよね。」
「…うん。」
「こないだ親戚が死んでさ、お通夜とかしたんだ。」
「うん?」
「そしたら色々思い出しちゃってさ、泣いちゃった。」
「うん」

 

「お姉ちゃんは幸せだったのかなぁ。」
「…。」

 

「あたし一生独身で行くと思う。」
「…前、俺に言ったことと違わないか?」
「あれはあんたに言ったの、そうでもないとすぐ死のうとするクセに。」
「勿体無いよ、君は綺麗なのに。」
「だからそういうのやめてくれない?吐き気がするんだけど!」
「嘘じゃないよ。」
「…。」

 

「あたしはあんたなんか大っ嫌いだよ。」
「…それも嘘じゃないんだろうね。」
「―あんたは、、」
「考えてみれば、俺もずっと怒ってたんだよ、自分にさ。」
「…。」
「なぁ、怒りは、俺たちを幸せにしたのか?」
「ナメたようなこと言わないで。」
「あいつはもう俺たちの人生の一部なんだよ。泣いても笑っても戻ってこない。死にもしない。そうだろ?」
「…捨てる気なわけ?」
「忘れないよ。殺さない。
 ただ、俺たちがやってるのは、いなくなった人をいいように使って自分に枷を作ってるってことだよ。
 戒めと枷はきっと違うんだ。」
「…。で?あんたは何が言いたいわけ?」
「…、、…時々さ、君が笑ってる姿が、泣いてるように見えるんだよ。」
「―。」
「俺なんか嫌いでもいい、文句でも何でも言えばいい、それでいいから、だからさ、もう自分を許してあげなよ。」
「は!何言ってんの??ほんとキモいんだけど!何分かったつもりで話してるわけ?いいかげんにしろ!!!」
「…いい子にならなくてもいいんだよ。」
「うるさい!!!」

 

 

 

凄く大きい声で、彼女は怒った。
でも知ってるんだ。解るっていうのかな。君も、俺と同じ。
君は、あの人が、お姉ちゃんのことがとても好きなんだよな。
分かるよ。…分かるさ。
それだけ真摯に怒るコトが出来るんだから。

 

―声も無く、泣く君。

 

でもね、縛られなくていいんだよ。
忘れるとか、ないがしろにするとか、そういうのじゃなくてさ。
ただ今は逢えないだけだよ。
大仰に特別視して遠ざけてるのは、きっと俺たちのほうなんだ。

 

いつかあいつんとこ行った時に、「ちゃんと」生きてきたって言おうよ。
生きてる人が怖いのは死ぬこと。
死んだ人が出来ないのは生きること。
ならさ、生きてる俺たちで、俺らしく君らしく生きてさ、自慢してやろうよ。
それで、そっちはどうだった?って聞くんだ。
きっと俺たちが爺さんになるくらい生きて、とても長い間逢わなかったとしても、大丈夫。
俺たちなら、すぐに話せるんだ。
それは、自信あるんだぜ?

 

―何それって、それは、そういうもんなんだよ。

 

 

 

「お母さんがさ。」
「うん?」
「あんた来ると嬉しいんだって。ウチは男の兄弟いなかったし。」
「…そう。」
「次は?」
「次? …あぁ、うん、彼岸だな。」
「そっか。」
「うん。」
「次か。。」
「どうしたんだ?」

 

あの人と少しだけ違って、

 

「ふふ…」

 

キツめの、笑顔。

 

「次ん時はあんたなんかよりずっとずっと格好いい彼氏でも作って紹介してやるよ。」
「はぁ?」
「どうだ!」
「ふっ、あはははははは! いいぜ、ひやかしてやるよ。」

 

それは俺に向くコトは無い。

 

「あんたも夢成功させて彼女作って幸せになれよ。」
「あー、、いや、まぁいいか、―そうだね。」
「何?それ。」
「気にすんな、俺を気に入ってくれる人なんて想像出来ないだけだ。」
「確かに、男っぽくないもんね。女々しくて。」
「はいはい。」

 

この子はあの人とは違うし、俺のことを嫌っている。
―それでも、

 

「俺がもしまた誰かと一緒になれたとしたら、その人に求めることなんて一つしかないよ。」
「えっち?」
「…違うだろ。」
「んーでも大体分かるよ。―それ、多分私も思ってる。」
「そっか。」
「言って欲しい?」

 

あの人のことをとても大切に想っていてここにいない事に涙して、けれど、それを乗り越えて、
俺たちはまた、この世界で活きて生きていく。
それを、選んだ。

 

「「あたし / 俺   より先に死ぬな!」」

 

そう、思えるのに5年かかった。
けれど、無駄な5年じゃなかった。

 

生きてさえいれば、辛かった事も、いつか笑って過ごせる日が来る。
そんな事を言ったのは誰だったか。

 

 

 

 

「久しぶりに来たんでしょ? お墓、行かないでいいの?」
「いいんだ。むしろもうこないつもりだよ。  ―どうせそこには彼女はいない。」
「でも、お姉ちゃんと繋がってる場所だと思うよ。」

 

「そんな石っころと繋がってるんなら、俺とだって繋がってるさ。」

 

 

 

 

俺は、それでも生きる事にした。

 

 

 

 

 

_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

 

ある一人の少年に、彼女が出来ました。
少年は、女の子と付き合うなんて初めてのことでした。だからとても愛おしみ、とても大事にしようとしました。
でも、少年はまだ、子供でした。
彼女の含みのある笑顔に、気付くコトはなかったのです。

 

+■「飛行船の在る空_#1」

 

始まりは、少年が高校一年の時のとある日。
長々と欠席していた一人の女の子が、その日学校へやってきました。
その女の子は、一部の人間以外に話しかける者もおらず、友達と呼べるような存在もおらず、ずっと一人でした。
少年も一人でした。だから、少年はその女の子のことをよく見ていました。
そして一週間が経ちました。

 

ある時、少年は昼休みに中庭に出ました。
温かな陽だまりの中、少年はそこでその女の子を見つけました。
やわらかな光の中で、上を向いて半分瞼を閉じていたその女の子は、とても朧気に見えました。

 

まるで一人そのまま消えてしまいそうに感じたのです。
そして少年は、その女の子に、声を掛けました。

 

「何してんの?」

 

女の子は答えませんでした。
それはでも、少年とその子はいまだかつて会話をしたことなどありませんでしたから、当然とも言えました。

 

「ここで、何してんのさ。」

 

少年はそう言い直して、そしてしまったと思いました。
詰問したかったわけではなかったからです。
しかし、尋ねられた少女はゆっくりと少年のほうを向くと、

 

「そらをみていたんだよ。」

 

と言いました。
それきり、また少女はもとの姿勢に戻ってしまいました。
少女はそらを見ていました。
少年はその少女を見ていました。
少年もつられて、そらを見ました。
飛行船が、飛んでいました。
少し風が吹き、少年と少女を撫でてゆきました。
それは、静謐な時間でした。

 

少年と少女は一週間に一度ほどの割合で、そうして昼休みに同じ時間を共有するようになりました。
昼休みですから、昼食の時間です。
少年と少女は互いに弁当を食べ、そして空を眺めていました。

 

少女は、およそ殆ど言葉を発しませんでした。
三言二言挨拶をして、そして後はずっと空を眺めていました。
少年は、少女を見ていました。
少女を真似て空を眺めてもみましたが、面白くありませんでしたから、隣でずっと少女を見ていました。

 

どうして、この子は空ばかり見ているんだろう。

 

少年はずっと、それを聞こうと思っていました。
でも、それを聞くことはありませんでした。
何か、答えを聞いてしまったら、自分がここにいる理由がなくなる気がしたからです。

 

少女は、空を見ていました。
少年は、少女を見ていました。
そのまま、二ヶ月が経ちました。
空は、秋冷の風をまとう頃となり、外でじっとしているのも楽ではなくなってゆきました。
けれど、少女は、空を見ていました。
少年は、そんな少女にいらだちを覚えていました。
それは、何も聞けない自分に対してのいらだちでもあったかもしれません。

 

「ねぇ、どうして、空ばかりみているの?」

 

とうとう、少年は少女に尋ねます。

 

少年は少女を見ていました。
そして、少女も少年を見つめました。
その瞳は、とても優しくて、とても儚くて、とても温かく、

 

「あきないからだよ」

 

そして、とても穏やかに、微笑みました。

 

その瞬間、ふいに、高空から風が撫でました。
少女の髪をさらう風をしかし、少女は気にも留めず、少年を見つめていました。

 

少年も、少女を見ていました。
いえ、どちらかというと、見とれていました。
少年は、その時、生まれて初めて、誰かに心を奪われたのです。

 

「へんなの」

 

それが、二人の最初の始まりでした。
けれど、既に、破綻した始まりでした。

 

 

少女は決して治らない病気にかかっていました。
決して治らなく、進行も止まらない病気でした。

 

少女は、それを隠して笑いました。
少年は、それに気づくことなく、彼女を笑わせたくて、外に誘いました。

 

少女はおよそ外出なんてしたことがなく、
少年は旅の多い家に生まれていましたから、得意とばかりに、少女を外に連れてゆきました。

 

少女の時間は、2桁になっていました。

 

外になんか行った事の無い少女は、満足に外を歩けるような洋服も持っていませんでした。
お化粧だってした事もありません。
それらは、必要なかったから、持っていませんでした。

 

けれど、それを欲しいと、彼女は言い、
両親は、それを止めませんでした。
妹だけが、それを止めました。
けれど、姉の意思を知って、止めませんでした。

 

少女の時間は、1日24ずつ減っていきます。

 

少女と少年は、遠い町へゆきました。
そこは、少年が見惚れた町でした。
たくさんの綺麗なものを見せてあげたくて、少年は手を引いて、町を廻りました。
少女は、笑っていました。

 

それは、隠した嘘の笑顔だったのか。本当の笑顔だったのか。
けれども少女は、笑っていました。

 

 

 

楽しそうに、嬉しそうに、笑っていました。

 

 

 

 

 

 

「飛行船の在る空_ソラ」 ―完―

 

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