見出し 現在地→ 参集殿  作:夕桧絵 秋葉

 

あなたの事を知りたくて、あなたと共にいてみても、距離は縮まなかった。
隣にいても、心は、隣にいなかった。

 

+ 「楔」

 

あなたを知ろうとして、ずっと見ていた。
あなたは、我が強くて、自分の意思をちゃんと持っていて、
頭がいいから、他人の意思も汲める人だった。

 

けれど、他人の意見に左右される事なんてなかった。
あなたは、他人を見てはいないって解った。

 

捨てることが好きだって知った。
あなたの過去が判らないのも、あなたがそれらを捨ててきたからなのね。
前しか向かない。前を向く為にしか後ろを振り返らない。
何があっても前を向くあなたは、とっても強い人だって思ったわ。
けれど、それほど後ろを向かないのは、本当は振り向くと泣いてしまう位、心の弱い人だからなんでしょう?

 

あなたを知って、私は、あなたのその危うさを好きになったの。
弱さを知っていて、優しいから、一緒にいると安心したの。
その弱さを、私も癒してあげたかったの。あなたの心を、知りたかったの。

 

けれど、私はあなたの隣には立てなかった。

 

心は液体だって、誰が言ったんだろう。
溢れてくるから、それは本当にそうだって感じる。
あなたを想って胸が痛くなるのは、そこに心があるからなんでしょう。

 

あなたを知るということは、あなたの人生を知るということ。
あなたと在るということは、あなたの時間を奪うということ。
あなたを想うということは、あなたに意識を奪われるということ。
あなたに気持ちを言えないのは、あなたの心に私が入れないから。
あなたが私を選ばないのは、あなたに私が及ばないから。
あなたが誰かを選んだのは、誰かがあなたを包んだから。

 

何千回想っただろう。誰かが、なんで私じゃないのか。
何万回想っただろう。あなたの隣が、なんで私じゃないのか。

 

心は液体だって、誰が言ったんだろう。
掴めないから、それは本当にそうだって感じる。
あなたの心を掬いたいのに、私の手からは零れてしまうのね。

 

あなたを知りたくて、私も知って欲しかった。
あなたと在りたくて、私の時間をあげたかった。
あなたを想うだけで、私の意識は奪われていたのに。
あなたに気持ちを伝えても、あなたの心に私は入れない。
あなたが私を選ばないのは、あなたに私が必要ないから。
あなたが誰かを選んだのは、あなたにとって、その誰かが必要だったから。

 

何億回想っただろう。誰かを、殺してしまいたいって。
何兆回想っただろう。あなたを、殺してしまいたいって。

 

暗闇の中で、どれだけ想っただろう。私を、殺して欲しいって。

 

 

あなたは遠くて。近くにいても、追いつけた気がしなかった。
あなたは強い人だったわ。
誰よりも強くて、そして、誰よりも淋しがり屋で、誰よりも優しさに餓えていたのね。

 

あなたが優しく振舞うのは、それを知っているから。
そのくせ入ってくる事を拒むのは、あなた自身が、その自分の闇の深さを知っているからなんでしょう?

 

あなたの闇を受け止める人が現れたら、あなたは救われるでしょう。
けれど、あなたはもうその人なしには生きていけない人形になる。
あなたは救われて、あなたは死んでしまう。

 

あなたの闇を照らす人が現れたら、あなたは救われるでしょう。
けれど、あなたの一部である闇を照らされることで、あなたは変わってしまう。
あなたは救われて、あなたは死んでしまう。

 

あなたにとって、その誰かは本当に必要なの?
誰かを知るということは、誰かの人生を知るということ。
誰かの人生がかけがえのないように、あなたの人生だってかけがえがないというのに、
誰かを選んだ代償に、その誰かを失う悲しみを背負うのに。
邪魔になることもうっとうしくなることも喧嘩をすることもあるでしょう。
誰かの為に、あなたの時間を割かなければいけなくなるというのに、
あなたは、あなたの人生を誰かに預けてしまって、本当にいいの?

 

いいって、思ったんでしょうね。だって、あなたは、誰かを選んだんだから。

 

何千回想っただろう。誰かが、なんで私じゃないのか。
何万回想っただろう。あなたの隣が、なんで私じゃないのか。

 

何億回想っただろう。誰かを、殺してしまいたいって。
何兆回想っただろう。あなたを、殺してしまいたいって。

 

でも、いいって、思ったのよ。私も。

 

 

 

あなたは誰かといられる人じゃないって、私は知っているから。
いつか、誰かを捨ててあなたはそれでも前を向くの。
あなたはそうやって思い出も過去も縁も繋がりも絆も断ち切ってきたのを、私は知っているから。

 

喜びを誰かと分かつことも出来ないの。
悲しみを誰かと分かつこともないでしょう。

 

あなたの深い深い闇と共に在ることの出来る人なんて、この世にはいない。

 

喜びも、悲しみも、欲望も、孤独も、絶望も、あなたは全部あなたの中に仕舞い込んで、
誰もそれを理解なんて出来ないって、私は知っているから。

 

寄り添う真似事でもしてみればいいわ。
誰かの為に生きるってことをしてみればいいわ。
恋を、してみればいいわ。

 

そして、いつか誰かを打ち捨てて、自分の為にまた、前を向くの。
私には、あなたがそうなるって解るの。
あなたは誰も選ばずにそうやってただ闇と共に生きていくのよ。
そう、いつか気がつく時が来る。
あなたは、あなたしか選べないことを。
それでも、前を向いていける強い人だってことを。
誰よりも淋しがり屋で、誰よりも優しさに餓えながら、それでも滑稽に前だけを見て、生きていくのね。

 

あなたの心に触れる事は、私には出来なかった。
けれど、あなたの心は、誰にだって結局理解なんて出来ないのよ。

 

今までのように、他人なんて見なくていいの。誰かなんて、ずっと踏み潰して自分の為に生きなさい。

 

 

それでこそ、私が報われる。

 

 

 

 

 

 

「楔」 ―完―

 

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